2011年9月30日金曜日

苫米地事件

衆議院の解散がいかなる場合に許されるかは、裁判所の判断すべき法的問題であるのに対して法律上無効であるかどうか、これを行うために憲法上必要とされる助言と承認の手続に瑕疵があったか否かは、国家統治の基本に関する政治的な問題であるため、裁判所の審査権は及ばない。平成19年度、行政書士試験、問題5。

本訴は、昭和27年8月28日行われた衆議院の解散は憲法に違反し無効であるとの主張にもとづき、当時衆議院議員であつた上告人は右解散によつては衆議院議員たる身分を失わないとして、同年9月分から上告人の衆議院議員の任期が満了した昭和28年1月分迄の上告人の衆議院議員としての歳費合計28万5千円の支払を求めるというのである。すなわち本訴は、右衆議院の解散の法律上無効なることを前提として、衆議院議員の歳費の支払を請求する訴訟である。

そして、上告論旨第一点は、原判決が本件解散は憲法7条に依拠して行われたもので、憲法に適合するものであるとしたのは衆議院の解散に関する憲法の解釈を誤つたものであるとし、同第二、三点は、原判決が本件解散について、内閣の助言と承認が適法に為されたと判断した点に対し、採証の法則違背、審理不尽等の違法ありと主張するものである。右論旨にもあきらかであるごとく、本件解散無効に関する主要の争点は、本件解散は憲法69条に該当する場合でないのに単に憲法7条に依拠して行われたが故に無効であるかどうか、本件解散に関しては憲法7条所定の内閣の助言と承認が適法に為されたかどうかの点にあることはあきらかである。

しかし、現実に行われた衆議院の解散が、その依拠する憲法の条章について適用を誤つたが故に、法律上無効であるかどうか、これを行うにつき憲法上必要とせられる内閣の助言と承認に瑕疵があつたが故に無効であるかどうかのごときことは裁判所の審査権に服しないものと解すべきである。

日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立の制度を確立し、司法権はすべて裁判所の行うところとし(憲法76条1項)、また裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するものと規定し(裁判所法3条1項)、これによつて、民事、刑事のみならず行政事件についても、事項を限定せずいわゆる概括的に司法裁判所の管轄に属するものとせられ、さらに憲法は一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを審査決定する権限を裁判所に与えた(憲法81条)結果、国の立法、行政の行為は、それが法律上の争訟となるかぎり、違憲審査を含めてすべて裁判所の裁判権に服することとなつたのである。

しかし、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきである。

衆議院の解散は、衆議院議員をしてその意に反して資格を喪失せしめ、国家最高の機関たる国会の主要な一翼をなす衆議院の機能を一時的とは言え閉止するものであり、さらにこれにつづく総選挙を通じて、新な衆議院、さらに新な内閣成立の機縁を為すものであつて、その国法上の意義は重大であるのみならず、解散は、多くは内閣がその重要な政策、ひいては自己の存続に関して国民の総意を問わんとする場合に行われるものであつてその政治上の意義もまた極めて重大である。すなわち衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であつて、かくのごとき行為について、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にありと解すべきことは既に前段説示するところによつてあきらかである。そして、この理は、本件のごとく、当該衆議院の解散が訴訟の前提問題として主張されている場合においても同様であつて、ひとしく裁判所の審査権の外にありといわなければならない。

本件の解散が憲法7条に依拠して行われたことは本件において争いのないところであり、政府の見解は、憲法7条によつて、すなわち憲法69条に該当する場合でなくとも、憲法上有効に衆議院の解散を行い得るものであり、本件解散は右憲法7条に依拠し、かつ、内閣の助言と承認により適法に行われたものであるとするにあることはあきらかであつて、裁判所としては、この政府の見解を否定して、本件解散を憲法上無効なものとすることはできないのである。

されば、本件解散の無効なことを前提とする上告人の本訴請求はすべて排斥を免れないのであつて、上告人の請求を棄却した原判決は、結局において正当であり、上告人の上告は理由がない。

よつて、民訴401条、95条、89条に従い、裁判官小谷勝重、同河村大助、同奥野健一、同石坂修一の意見あるほか、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。